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BOOWY(暴威)結成以前  氷室狂介 の記事一覧
寺西修一(氷室狂介)SPNACH POWER メンバー 野村哲也「BACKYARD」 
2015.12.31.Thu / 17:59 
寺西修一(氷室狂介)SPNACH POWER メンバー 野村哲也「BACKYARD」

IMG_1371.jpg

寺西修一(寺西修)が在籍していたスピニッヂパワーの
リーダー兼ギタリスト野村哲也のソロアルバム。
http://curvedge.blog70.fc2.com/blog-entry-44.html

野村哲也「BACKYARD」
1980年10月21日リリース。
【SIDE A】
1.POP
2.SO TONIGHT
3.DO YOU WANNA DANCE
4.BABY CAUSE I NEED YOU

【SIDE B】
1.HURRICANE
2.Mr.RICHARDS(WHAT DO YOU FEEL?)
3.NIGHT
4.LITTLE “A” ~INTRODUCTION



で...
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BOOWY(暴威)結成以前 氷室狂介「SPINACH POWER」脱退決意 
2006.10.09.Mon / 04:52 
BOOWY暴威)結成以前 氷室狂介SPINACH POWER」脱退決意

SPINACH POWER」での氷室狂介は、自分の思うような事ができず悩んでいた。
そして、これ以上「SPINACH POWER」で活動を続けられないと結論を出し、バンドを脱退を決意。新たに自分でバンドを組もうと決心する。
しかし、この計画は思うようには進まず行き詰まる。
http://curvedge.blog70.fc2.com/blog-entry-275.html

音楽業界に失望した氷室狂介は、本気で群馬に帰ることを考え始めていた。
しかし、1980年7月5日日比谷野外音楽堂でのRCサクセションのコンサートで「スローバラード」を聴いてショックを受け、もう一度バンドのメンバーを捜すことにした。

氷室狂介がまず思い出したのは...
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BOOWY(暴威)結成以前 氷室狂介 バンド結成 
2006.09.22.Fri / 11:47 
BOOWY(暴威)結成以前 氷室狂介 バンド結成

事務所のいいなりで自分で曲を描いても採用されず、やりたい音楽もできないバンドを続けていくことに耐えられなくなった氷室狂介は、スピニッヂ・パワーを脱退し、高崎に帰ること考えていた。

氷室はスピニッヂ・パワーをやめることを氷室の理解者であった月光恵亮(Being副社長)に相談した。

月光恵亮
http://curvedge.blog70.fc2.com/blog-entry-118.html

月光の提案で1回LIVEを行うこととなり、原宿クロコダイルでLIVEを行うこととなった。

メンバーは以下の構成
VOCAL:氷室狂介
GUITAR:菊池(諸星)アツシ
BASS:松井恒ニ(恒松)
DRUM:小沼俊昭(後にバービーボーイズのDr)

このLIVEで、パンクよりの曲を披露したが、さんざんなものであった。

ほ、ほんと...
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BOOWY(暴威)結成以前 寺西修一(氷室狂介)参加 水島裕「光と影」  
2006.09.18.Mon / 21:52 
寺西修一(氷室狂介)参加 水島裕「光と影」

スピニッヂ・パワー」時代での寺西修一(氷室狂介)の楽曲提供。
(ビーイング長戸大幸の指示と思われる。)
氷室狂介は、本名である寺西修名義にて作曲で参加。

1980年11月 5日
水島裕「光と影」
1.光と影 
 作詞:奈月大門(長戸大幸) 作曲:寺西修氷室狂介) 編曲:中島正雄



2.JOKER
 作詞/作曲/編曲:野村哲矢(野村哲也?)

水島裕
本名野田憲司(のだ けんじ)、
1956年 1月18日生 血液型B型。東京都出身。
日本大学芸術学部写真学科卒業。
劇団若草所属時に「安永憲自」名義で特撮番組「愛の戦士レインボーマン」の主題歌を歌いデビュー。
(後には、そのアニメ版の主役の声を演じる)
これ以来、レコードデビューも果たしDJ、アイドル声優として人気を得る。
NHKの「連想ゲーム」にも出演。
一時期「水島 裕允」に改名したこともある。

この水島裕の「光と影」ぜひ聞きたい!
なぜかというと...

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BOOWY(暴威)結成以前 寺西修一(氷室狂介)「スピニッヂ・パワー」TV出演 
2006.09.18.Mon / 04:59 
寺西修一氷室狂介)「スピニッヂ・パワー」TV出演

1980年9月 TBS「11時に歌いましょう」
1980年 日本テレビ「歌のトップテン」

この模様はここから。



いずれもこの曲で出演。
「HOT SUMMER RAIN」
作詞:奈月大門(長戸大幸)作曲:野村哲也
この章を参照
http://curvedge.blog70.fc2.com/blog-entry-44.html

で...
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BOOWY(暴威)結成以前 寺西修一(氷室狂介)参加 三原順子「セクシーナイト」 
2006.09.18.Mon / 04:35 
寺西修一氷室狂介三原順子セクシーナイト」参加

加入したバンド「スピニッヂ・パワー」の活動を行いながら、下記の活動を行う。
(ビーイング長戸大幸の指示と思われる。)
1980年9月21日 三原順子 SINGLE「セクシーナイト」(デビュー曲)
氷室狂介は、寺西修一名義にてコーラスで参加。

三原順子
本名宮谷 順子(みやたに じゅんこ)、
1964年9月13日 血液型B型。東京都板橋区出身。
明治大学付属中野高校夜間部中退。
現在は「三原じゅん子」として活躍。

小学校時代に「東京宝映」に入団し、「燃えろアタック」等に出演。
1979年に「3年B組金八先生」に出演し、「山田麗子」役で役柄からの「つっぱり」のイメージで人気が急上昇。
リンチをするシーンでは自分では殴らず大人数を指揮し、「顔はやめな、ボディボディ(腹)を狙え」の名セリフはあまりにも有名で、三原を表す代名詞となった。

1980年にはビーイング創設者の長戸大幸が作曲した「セクシーナイト」で歌手デビューし、コンスタントにシングルを発売。
当時は山口百恵引退直後だったため、松田聖子と並び”ポスト百恵"と言われていたが、まもなくデビューした中森明菜にあっけなくその座を譲り渡すことになった。
1985年に三原順子から現在の芸名「三原じゅん子」に改める。
お笑いコンビ「アニマル梯団」の「コアラ(ハッピハッピー)」こと宮谷信也と再婚。
1987年~1999年、カーレーサーとしても活動。
国際B級ライセンス所有。レース中の事故による骨折経験は7回。
2005年からはレーサー時代の経験を活かし、二輪レースチーム「weave×MIHARA PROJECT」のオーナー兼監督を務める。

で...
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BOOWY(暴威)結成以前 氷室狂介「SPINACH POWER」加入 
2006.09.17.Sun / 15:14 
氷室狂介SPINACH POWER」参加

所属した音楽事務所「ビーイング」の社長長戸大幸により、解散を命じられた「デスペナルティ」は、バラバラにさせられた。

氷室狂介(京介)は、「スピニッヂ・パワー」への加入を命じられ、契約書にサインをしてしまう。その時に「ホットサマーレイン」という曲を受け取り、翌々日からスタジオに入ることとなった。

リーダーがいるきちんとしたバンドであったためか、音楽的なことの以前に目上目下、リーダーメンバー、そのような体制的なものが強かった。そのため、氷室狂介は自分のバンドっていう意識はなく、ただ、目標を達成させるための一つの過程に過ぎないと、これをやらなければいけないんだと自分に言い聞かせていた。

「スピニッジパワー」とは...
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BOOWY(暴威)結成以前 氷室狂介「デスペナルティ」解散 
2006.09.17.Sun / 03:27 
氷室狂介「デスペナルティ」解散

「デスペナルティ」は、Beingと契約。
12畳程のマンションの一室にタコ部屋のような形で、全員で住む形となった。
練習を開始し、半年くらいデモテープ録ったりしていたが、レコード会社は決まらない状況であった。
そして、突然事務所側から、実力不足ということを理由にバンド解散を申し渡される。
理不尽な命令だったが、群馬から上京したばかりだった上に、プロの世界についてはまだ右も左もわからなかった氷室狂介達にとって、この命令は絶対に思えた。

結局バンドは解散。
事務所からの命令で氷室狂介京介)は、それまでまったく知らなかったバンド「スピニッヂ・パワー」のヴォーカリストとなり、松井恒ニ恒松)は織田哲郎9thイメージに入ることとなる。他のメンバーはバイトしながら休むという状況に陥った。

で...
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BOOWY(暴威)結成以前 氷室狂介「デスペナルティ」Being契約 
2006.09.17.Sun / 02:39 
上京時、このコンテストの主催者であったヤマハからの誘いがあったのだが、デビューをエサに契約を迫るような彼らのやり方に不信を覚え、「デスペナルティ」は、これを蹴って、「Beingビーイング)」という音楽事務所と契約を結ぶこととした。

Beingビーイング)」
株式会社ビーイングBeing Music Factory →BMFC
分社化が多く関連会社は40社以上。
http://beinggiza.com/index.html

代表取締役:長戸大幸(ながとだいこう)本名ながとひろゆき
父:長戸大門 母:長戸幸子
三兄弟で次男は医師、三男は音楽制作会社レイズイン(Rey's In代表)長戸秀介
1948年生まれ、滋賀県大津市出身。青山学院大学中退。
自らも作詞作曲編曲を手がけるが、多様なペンネームを持つ。
・奈月大門
・DANNY LONG
・AMEMURA INICHI
(渋谷陽一を関西風にもじった形でつけている。 渋谷⇔アメリカ村 陽一⇔陰一)
・WHITE“O”
・ROCKAKU (CHOKUKAKUをもじってつけている。)
・北口モリオ
・パインジュースの缶(井上陽水の「悲しき恋人」の作曲時)

1975年吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげる、小室等が設立したフォーライフレコード第1回新人オーディションで入賞。同時期に原田真二が入賞を果たした。

作詞家阿久悠主催の「オフィス・トゥ・ワン」作曲家オーデションに合格。
音楽事務所「オフィス・トゥ・ワン」で作曲家として、数多くのヒット作を生み出
す。

1978年9月5日スピニッヂ・パワー(ホウレンソウの偉大な力)のシングル「POPYE THE SAILOR MAN」をDANNY LONG名義にてプロデュース。
40万枚販売のビッグヒットを記録。

1978年に、六本木のマンション一室で「Beingビーイング)」という音楽制作会社兼音楽出版社を設立した。
会社名の由来は、「存在し続ける事」という意味と「B級でもいいから売れる音をつくろう」という所から来ている。

1980年代は、アイドルとして三原順子・太田貴子・倉田まり子、ヘヴィメタルとしてラウドネス・浜田麻里、ロックとしてBOOWY・トラブル(現The虎舞竜)、ジャズ・フュージョンとして秋本奈緒美を売り出す。
後に浜田麻里、TUBE等がブレイクし、Being黄金時代の基礎を作る。

1990年代は、アーティストのメディア露出を控えめにし、一方でタイアップを積極的に利用する手法で、B’z、ZARD、WANDS、DEEN、T-BOLAN、MANISH、ZYYG、REV、TWINZER、PAMELAH、FIELD OF VIEW、FEEL SO BAD、BAAD、B.B.クィーンズ、大黒摩季、小松未歩らが相次いでメガヒットを連発し、音楽シーンを引っ張った。

1993年は、シングルセールスの約半分をビーイングの作品が占めたほど。当時、ビーイング所属のアーティストは「ビーイング系アーティスト」と呼ばれていた。

2000年代に入り、大阪のGIZA Studioから倉木麻衣、愛内里菜、GARNET CROW、WAG、上原あずみ、滴草由実らを輩出。

長戸大幸は、昔は通説であったレコード会社主導の音楽業界というものに制作会社が主体としてプロデュースをしていくという新しいシステムを構築した人物である。

まだあるある...

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BOOWY(暴威)結成以前 氷室狂介「デスペナルティ」上京 
2006.09.15.Fri / 10:39 
氷室狂介「デスペナルティ」上京

プロを目指していた「デスペナルティ」は、YAMAHA『EAST WEST'79』での入賞をきっかけに上京を決意。

但し、DRUMの福田昭は実家を継がなくてはならないため、断念。
寺西修(氷室狂介)、松井恒ニ(松井恒松)、菊池アツシ(諸星アツシ)の3人で上京することとなった。

そこで...
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BOOWY(暴威)結成以前 『EAST WEST'79』決勝大会 氷室「デスペナルティ」 
2006.09.02.Sat / 14:37 
YAMAHA『EAST WEST'79』決勝大会 1979年8月25日 中野サンプラザ

氷室狂介率いる「デスペナルティ」は、『EAST WEST'79』の決勝大会(全国大会)に出場。
ゲストとして後藤次利バンドが出演。

関東甲信越地区約2000グループの中で予選から勝ちぬいた16バンドにて競われ、それぞれ下記のような結果となる。
「デスペナルティ」は、入賞。

・子供ばんど 「ロックン・ロール・トゥナイト」
 最優秀グランプリ 
 ベストギタリスト賞 氏木つよし、谷平こういち
・アナーキー 「シティ・サーファー~ノット・サディスファイ」  
 優秀グループ
 ベストボーカリスト賞 仲野茂
・デスペナルティ 「ブルー・シガレット・ラブ」
 入賞

・ジュガンド 「とりあえずサンバ」 
 入賞 
 ベストパーカッション賞 古閑収
・ジプシー 「今年の夏こそは」
 優秀グループ
 ベストベーシスト賞 渡辺恒雄
・ヤッキンキン 「おさるのおしりでロックン・ロール」
 入賞
 ベストドラマー賞 ハラコ
・ザ・ミッドナイトブラザース 「ビールのあわと」 
 努力賞
・スガナミ・スクールズファミリー 「ヤッカッカ」
 ベストキーボード賞 池田まり子、川島祐二
・パナマリミテッド 「ブレイクヤメンカ」
 敢闘賞
・温泉団 「エニー・オール・ウェイ」
・アザミ 「ハウンド・ドッグ~ロング・トール・サリー」
・HOT LINE 「今夜はダンシング」
・THE・なかぞの 「縄をかけてまけ」
・ゴールド・ラッシュ 「ドライビング・オン」
・オレンジ・チューブ 「俺達の世界へ」
・ホットファミリー 「ホットファミリーのテーマソング」

この大会に参加したバンドの音源は...
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BOOWY(暴威)結成以前 『EAST WEST'79』関東甲信越大会 氷室「デスペナルティ」X布袋「BLUE FILM」 
2006.09.01.Fri / 00:03 
YAMAHA『EAST WEST'79』関東甲信越大会

氷室狂介率いる「デスペナルティ」はBブロックから参加。
「デスペナルティ」についてはこちらから。
http://curvedge.blog70.fc2.com/blog-entry-45.html

布袋寅泰率いる「BLUE FILM」はAブロックから参加。
BLUE FILM」についてはこちらから。
http://curvedge.blog70.fc2.com/blog-entry-56.html
参加バンドは、オリジナル曲を2曲演奏(曲名は不明)

「デスペナルティ」はベストボーカリスト賞を獲得、また、わずかの差で「BLUE FILM」を押さえ、中野サンプラザでの決勝大会に出場することとなる。

すごいっす...
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BOOWY(暴威)結成以前 氷室狂介『文化放送全日本ヤング選抜スターは君だ第26回本選大会』  
2006.08.30.Wed / 21:14 
BOOWY(暴威)結成以前 氷室狂介 東京上京 

高校卒業後、「デス・ペナルティ」は解散し、氷室狂介(寺西修)は、アーティストになるために上京し、いろんなオーディションを受けていた。

みのもんた司会のオーデション番組「文化放送全日本ヤング選抜スターは君だ第26回本選大会」で、氷室狂介(寺西修)は、ツイストの「宿無し」を披露。 
結果は合格、優勝して金メダルを受領。副賞はモンテミュージックスクールの受講費用。

9月16日の決戦大会に出場が決まり、モンテミュージックスクールにて、今後、歌手としての勉強を行うことになる...

『文化放送全日本ヤング選抜スターは君だ第26回本選大会』
氷室狂介「えー28番、寺西修です。」
みのもんた「28番って予選の時が28番だったんですね。そう、そうよね。本選は2番ですね。」
氷室狂介「(笑)2番、寺西修です。」
みのもんた「はい!」
氷室狂介「宿無しを歌います。」
みのもんた「はい、どうぞ!」

世良公則&ツイスト「宿無し」
作詞・作曲 世良公則

みのもんた「あー」
氷室狂介「どうも~」
みのもんた「あれだねー、寺西さんは、相当歌、歌ってるでしょう?」
氷室狂介「えー」
みのもんた「どう?」
氷室狂介「ロックバンドを地元でやってまして~」
みのもんた「あっ、高崎の方じゃ?」
氷室狂介「はい」
みのもんた「高崎のロックバンド、なんていうバンドやってんの?」
氷室狂介「デス・ペナルティというんですけど」
みのもんた「デス・ペナルティ」
氷室狂介「あっ、知ってますかねー?」
みのもんた「何を聞いてんだー。そうですかー、でーそのロックバンドはどうしちゃったの?今もやってんの?」
氷室狂介「いや、卒業したんで解散しまして。」
みのもんた「解散しちゃった。」
氷室狂介「いろいろ惜しまれたんですが・・・。」
みのもんた「へへへへ、誰に惜しまれたの?」
氷室狂介「え、なかなかどうして地元の人に・・・。」
みのもんた「あー、地元の人にねー。しかしあなたって頭のテッペンからつま先まで、全部こうノリで固めてツッパったような雰囲気ですね。いつもそういう感じなの?」
氷室狂介「えー、そうですねー」
みのもんた「あーそーでもねー、しゃべってるとこうなんかパーッと顔が赤くなるようなね。審査員のみなさんが一生懸命しゃべってるんですけどね。何言ってるのか我々には聞こえませんけれども。さあ、では判定はどうでしょうか。」

ファンファーレ

みのもんた「おー」
氷室狂介「どうもー」
みのもんた「すげー、%&・*+かれろ、おめでとう。やるねー、目一杯つっぱった、なんか顔が引きつってきましたね。」
氷室狂介「はい!」
みのもんた「ど、どうしちゃったのよ?」
氷室狂介「えー、急に、」
みのもんた「急にねー」
氷室狂介「うれしさが」
みのもんた「うれしさが急に。」
氷室狂介「うれしいです。」
みのもんた「ねー、合格おめでとうございます。今、首からかけてもらったのが、もうあれですからまず、優勝の金メダル、そしてお渡ししたこの資料がですね、あなた東京のモンテミュージックスクールでこれからね、9月16日の決戦大会まで、歌手の勉強を大いにしていただこうと、こういうわけですから。ねー」
氷室狂介「はい」
みのもんた「よかったーほんとに。さ、それではですね。これから一体どういう所を注意して勉強したらいいのか。ちょうどいい、あなたバンドやってたしね。」
氷室狂介「はい」
みのもんた「シンガーソングライターのかまやつひろしさん」
氷室狂介「はい、お願いします。」
みのもんた「えっ、どのへんをこれから勉強しなくちゃいけないか」
かまやつ「えー、一番最初に見たとき、結構ツッパってんのかなと思ったら、この厳しい東京で(笑)、こう手探りで生きてる、物腰の弱さみたいなものもあって、愛せる部分もあるんだけど。あのー、ともするとそれはちょっとオカマみたいだなー、みたいなー繋がる場合もあるので。」
氷室狂介「はい」
かまやつ「もう少しなんか、そのー、ツッパることと別に、ちょっと男っぽい所を見せたほうがいいんじゃないかと。それとーあのー、流行のものを着れば何でも格好良いという思想は捨てたほうがいいような気がして。つまり、そのー、君が着てるハーレムパンツ、そのーコスチュームは今流行のもんなんだけど。なんかちょっと、ひとつこのー着こなしが、ちょっとねー工夫が欲しいです。」
氷室狂介「はい」
かまやつ「えー、その美的感覚をもうちょっと養ったらもっと格好良く着こなせんじゃないかなと思うんです。え、それで、ルックス俺かなりいいんじゃないかなと思ってね。20でね。えー矢沢永吉もびっくりなみたいなところもあると思うんです。それであのー、リズミカルですよね。なかなかこの右足の羽が、こうハネ。」
みのもんた「今も気をつけちゃってますからね、チャップリン真っ青の靴みたいなはいてますけど、今日は。気を付けが、気を付けが実にいいんですよ。えー。」
かまやつ「あの、すごいリズムに乗る人だと思うんですよね。音が出だすとこう右足が活動し出すでしょ。」
みのもんた「でも、そうだと必要でしょ?なんかこう肩のとこ・・・」
かまやつ「なんか、そこから、そこから出てきてるって感じすんで。非常にいいと思うんです。」
みのもんた「歌自体どうですか?」
かまやつ「歌自体ね、あのーう・うまいんですけど、先ほど審査員の皆さんといろいろお話したんですけど、この、あのー世良君の「宿無し」っていう奴は、誰でもうまく歌える歌らしいのね。(笑)、だから、他の人の歌も聞いてみたかったんですよね、実はね。それで聞くところによると柳ジョージなんかも歌うんでしょ?」
氷室狂介「はい。」
かまやつ「で、いろんな歌を聴いてみたかったんですけど、でもー、本質的に歌のうまい人じゃないかという意見でした。」
氷室狂介「どうも、ありがとうございます。」
みのもんた「うーん。なるほどねー。」
かまやつ「ですから、あのー、がんばって頂けると、いいんじゃないかと思いますね。」
みのもんた「はい、かまやつさんでした。どうもありがとうございました。」

みのもんた「ねっ、おめでとうございます。がんばってくださいよ。」
氷室狂介「どうも、ありがとうございます。」
みのもんた「まずは優勝でしたね。はい、寺西修さんでした。全日本ヤング選抜スターは君だ第26回本選大会、お知らせを挟んで後半の模様をお送りしましょう。」

これはすごいな...
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BOOWY(暴威)結成以前 氷室狂介「デスペナルティ」 LIVE 
2006.08.28.Mon / 07:21 
BOOWY暴威)結成以前 氷室狂介「デスペナルティ」 LIVE

時期・場所等わかりませんが、いろんな曲をやっています。

1. 宿無し
  <世良公則&ツイストのカバー>
2. 売春ロック
3. 銃爪(ひきがね)
  <世良公則&ツイストのカバー>

メンバー紹介

4. 酔って候
  <柳ジョージのカバー>
5. ブルーシガレット・ラブ
6. フィーバー
7. タイトル不明
8. タイトル不明
9. ブルーシガレット・ラブ  
10. タイトル不明
11. 男の言い分け
 
この中にBOOWYで発表している曲が...
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BOOWY(暴威)結成以前 氷室狂介「デスペナルティ」 
2006.08.20.Sun / 21:44 
氷室狂介(京介)「デスペナルティ」

中学生の頃から、寺西修(氷室狂介)は菊池アツシ(諸星アツシ)の家に
良く遊びにいっており、ギターを弾いていた。
この頃に寺西修(氷室狂介)と菊池アツシ(諸星アツシ)は、松井恒ニ(恒松)の家にも遊びに行っている。
寺西修(氷室狂介)は中学を卒業し、群馬県立藤岡高等学校へ入学した後も、菊池アツシ(諸星アツシ)の家へ遊びに行っていた。
菊池アツシ(諸星アツシ)はギターをエレキギターに変えており、寺西修(氷室狂介)の音楽への想いを強くさせた。そこに松井恒二(松井恒松)も加わるようになり、バンドのようなものを組んだ。
最初は、休みの日に寺西修(氷室狂介)、松井恒二(松井恒松)、菊池アツシ(諸星アツシ)、ベースの4人で中学校の体育館を借りて練習していた。

その後、メンバーの親戚が無料で提供してくれたコンクリート作りの事務所のような倉庫のような所で練習していた。
そこは、かなり広いスペースでクーラーまでついていた。

初期
Vocal:ランダムに変更
LeadGuitar:菊池アツシ(諸星アツシ)
SideGuitar:松井恒二(松井恒松)
Bass:?
Drum:寺西修(氷室狂介)

菊池の友人福田昭(アキラ)がドラムに加入。寺西修(氷室狂介)はギターとなる。(2~3ヶ月らしい。)
また、受験勉強のためにベースが脱退し、松井恒二(松井恒松)がベースとなる。

中期
Vocal:ランダムに変更
LeadGuitar:菊池アツシ(諸星アツシ)
SideGuitar:寺西修(氷室狂介)
Bass:松井恒二(松井恒松)
Drum:福田昭

その後、寺西修(氷室狂介)がボーカルとなり、バンド名も「デスペナルティ」と正式に決めた。
そして、初めてのステージは、布袋寅泰率いる「ウィークリー」と同じステージで行った。
その後、高崎駅の近くにあるヤマハ音楽教室に併設されたホールでのライブに参加するようになった。
この頃は、キャロルやツイスト、沢田研二、桑名正博の曲を演奏していた。

後期Ⅰ
Vocal:寺西修(氷室狂介)
Guitar:菊池アツシ(諸星アツシ)
Bass:松井恒二(松井恒松)
Drum:福田昭

後期Ⅱ
Vocal:寺西修(氷室狂介)
Guitar1:菊池アツシ(諸星アツシ)
Guitar2:田中勝利
Bass:松井恒二(松井恒松)
Drum:福田昭


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