| 氷室京介 ICE HOUSE『MAN OF COLORS』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.42) | ||
| 2007.03.31.Sat / 12:46 | ||
| 氷室京介 ICE HOUSE『MAN OF COLORS』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.42) アイヴァ・デイヴィスを中心としたオーストラリア出身の4人組のバンド。元々は"Flowers"というグループ名で80年にデビューしたが、翌年1stアルバムのタイトルだった『Icehouse』にグループ名を変更。 ヴォーカルのアイヴァ・ディヴィスは現在ソロで活動中だが、バンド活動時から高橋幸宏と交流があり、彼のアルバム『Wild&Moody』(1984年)、『EGO』(1990年)で楽曲提供及び演奏を披露している。
高橋幸宏のツアーに参加したことでも知られるアイヴァ・デイヴィス率いるオーストラリアの人気バンド、アイスハウスの1987年の作品。 ジョン・オーツとの共作「エレクトリック・ブル−」などポップなサウンドを満載。 【氷室京介】 「オーストラリア版ロキシー・ミュージックって感じですごくイイ」 |
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| 氷室京介 THE CULT『ELECTRIC』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.41) | ||
| 2007.03.30.Fri / 00:33 | ||
| 氷室京介 THE CULT『ELECTRIC』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.41) ポジティヴ・パンク/ゴシック・バンドとして名を馳せたサザン・デス・カルト、1983年からデス・カルトと変更したバンドを前身とするUKハードロック・バンド。1984年にはザ・カルトとしてメジャー・デビュー。リック・ルービンのプロデュースによる3rdアルバム『エレクトリック』にて彼らは一躍有名となる。その後も『ソニック・テンプル』『ザ・カルト』といった佳作をリリースし、絶大なポピュラリティを獲得していった。オルタナティヴ・ロック全盛の1995年解散。がしかし、00年に再結成。
パンクに影響を受けたというイアン・アストベリーが、1982年に結成したバンド。デフ・ジャム・レーベルのリック・ルービンをプロデューサーに迎えて、ハードなロック・サウンドを展開するなど、方向転換した1987年作品。 【氷室京介】 「古き良き時代をなぞっているのに、やたらカッコ良い。昔の血が騒ぐ1枚」 |
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| 氷室京介 THOMPSON TWINS『QUICK STEP SIDE KICKS』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.40) | ||
| 2007.03.29.Thu / 01:22 | ||
| 氷室京介 THOMPSON TWINS『QUICK STEP SIDE KICKS』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.40) 当初6〜7人という大所帯だったバンド・メンバーはこのアルバムで3人となった。バハマで録音された本作はレゲエやリズムに凝った作りで、リズム隊にはスライ&ロビーを起用。コーラスでグレイス・ジョーンズも参加。
トリオ編成となった新生トンプソン・ツインズの通算3枚目。 「ライズ」「ラブ・オン・ユア・サイド」「ウォッチング」など、彼らのお得意のモダンなポップソング満載。プロデュースは故アレックス・サドキン。1983年発表。 【氷室京介】 「彼らのミディアム・バラードって案外良かったりするんだよね。」 |
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| 氷室京介 MIDNIGHT OIL『DIESEL AND DUST』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.39) | ||
| 2007.03.28.Wed / 23:52 | ||
| 氷室京介 MIDNIGHT OIL『DIESEL AND DUST』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.39) 結成はギターのジムとドラムのロブを中心にしてたバンドに大学で政治学を専攻し、弁護士の資格を持つ変わった経歴のピーターギャッレットがボーカルに加わることで始まる。最初はサーフパンクバンドとしてスタートを切ったが、後にソニーと契約、後に出したアルバム「ディーゼル&ダスト」が全豪1位、全米17位と快挙を成し遂げ、バンド暦も20年を超えており、活動は長い。 ピーターギャッレットは、下院議員選挙に立候補したり(残年ながら落選)、オーストラリア自然保護協会”AFC”の会長にも任選されたりと自然保護における活動も行っている。
オーストラリアの人気バンドの6作目。1987年発表。 【氷室京介】 「LAのスタジオで『ANGEL』のレコーディングしてるとき、MTVでビシバシ流れてたのが印象的。もし彼らがブリティッシュ系のアーティストだったら、今ごろもっと正当な評価を受けてるのかなぁ?などと考えつつ・・・・・・」 |
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| 氷室京介 INXS『KICK』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.38) | ||
| 2007.03.27.Tue / 23:39 | ||
| 氷室京介 INXS『KICK』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.38) 1977年にボーカリストのマイケル・ハッチェンス、ファリス三兄弟を中心に結成され、オーストラリアのシドニーでインディ・レーベルを拠点に活動。1980年にデビューし、欧米各国でも人気を集め、85年の『リッスン・ライク・シーヴス』、87年の『キック』の大ヒットにより、80年代終わりにはガンズ&ローゼズとU2と共に世界3大最強バンドと呼ばれるに至る。1997年11月22日、ボーカリストのはシドニーのホテルの一室で自殺。バンドは存続の危機に立たされたが、2005年、アメリカのテレビ番組の企画でバンドは新しいボーカリストを募集、オーディションで12週を勝ち抜いたJ.D.フォーチュンを迎えて復活している。
全米でも大ヒットした「ニュー・センセーション」を収録したINXSの1987年発表の6thアルバム。 【氷室京介】 「レコード作りにおけるプロデューサーの力が、いかに大切か実感したアルバム。クリス・トーマスの手にかかると、ほとんどのアーティストが、まるで別人のように輝き出すから不思議だよね。」 |
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| 氷室京介 THE CLASH『SANDINISTA!』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.37) | ||
| 2007.03.26.Mon / 00:24 | ||
| 氷室京介 THE CLASH『SANDINISTA!』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.37) 1975年ニューヨークからパンクムーブメントが起こり、ザ・クラッシュは1976年にマネージャーのバーニー・ローズの手によってLondon SSのメンバーだったミック・ジョーンズとポール・シムノン、101ersのジョー・ストラマーを中心に結成。 パンクの象徴としてセックス・ピストルズ、ラモーンズと並び称されてきた偉大なるバンド。
ロンドン・パンクの雄、クラッシュの3枚目。ニアラグアの革命政権の名をタイトルにした政治色の濃いメッセージ・アルバム。 1980年発表。 【氷室京介】 「ジョー・ストラマーとミック・ジョーンズのコラボレーションは、単なるパンクという言葉じゃ語り尽くせない。俺にとっては究極のロック・バンド」 |
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| 氷室京介 KILLING JOKE『WHATS THIS FOR...』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.36) | ||
| 2007.03.26.Mon / 00:09 | ||
| 氷室京介 KILLING JOKE『WHATS THIS FOR...』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.36) 1978年にロンドンでフロントマンのジャズ・コールマンを中心に結成されたバンド。インダストリアルの先駆的存在。
1981年にリリースされたキリング・ジョークのセカンドアルバム。 ノイジーなパンク・ビートが、全編にわたって展開され、ボルテージの高い作品。 【氷室京介】 「プリミティブな破壊力とセンスの絶妙なバランス。後期のちょっとモダンな方向も良いけど、やっぱりこのアルバムが一番イイ」 |
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| 布袋寅泰 「チャリティオークション参加」 |
| 2007.03.25.Sun / 12:33 |
| 布袋寅泰 「チャリティオークション参加」 入札期間:3/20〜3/26 http://openuser.auctions.yahoo.co.jp/jp/user/kouseinenkin_charity?alocale=0jp&mode=1&u=%3bkouseinenkin_charity 布袋寅泰は北海道地区でのコンサート会場として、使用している北海道厚生年金会館。 年金福祉施設整理合理化計画に基づく売却が決まり、「北海道厚生年金会館存続を願う会」が発足。 布袋は、チャリティオークションに参加。 |
| SOLO 布袋寅泰 / COM(0) OPEN▼ / TB (0) / PAGE TOP△ |
| 氷室京介 THE THE『INFECTED』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.35) | ||
| 2007.03.25.Sun / 00:50 | ||
| 氷室京介 THE THE『INFECTED』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.35) The Theは英国人ミュージシャン、マット・ジョンソンのソロ・プロジェクト。(オリジナル・メンバーはマット・ジョンソンのみ) 1979年にキース・ロウズ(シンセサイザー)らとザ・ザを結成。
マッド・ジョンソン率いるTHE THEの1986年の作品。 【氷室京介】 「本国イギリスじゃマッド・ジョンソンはカリスマ的存在なんだけど、日本じゃイマイチ。俺のプロモ・ビデオを何作か手がけてくたピーター・クリストファーソン(ヒプノシス)が、このアルバムのビジュアルを制作してたこともあって思い出の1枚」 |
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| 氷室京介 JOHNNY THUNDERS & THE HEARTBREAKERS『L.A.M.F.』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.34) | ||
| 2007.03.24.Sat / 08:26 | ||
| 氷室京介 JOHNNY THUNDERS & THE HEARTBREAKERS『L.A.M.F.』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.34) ニューヨーク・ドールズから脱退した後、ジョニー・サンダースはイギリスに渡りハートブレイカーズを結成。1980年代にはライブツアーのために数回来日していたが、1991年ニューオリンズのホテルで亡くなっているのが発見される。享年38歳。
ジョニー・サンダースが結成したニューヨーク・パンクの代表的なバンドのひとつ。ミキシングの意見の対立から、バンド解散へとつながった、いわくつきの作品。のちにリミックス盤として発売。 【氷室京介】 「ジョニー・サンダースの『チャイニーズ・ロック』は絶品だった。」 |
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| 氷室京介 MADNESS『UTTER MADNESS』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.33) | ||
| 2007.03.23.Fri / 00:50 | ||
| 氷室京介 MADNESS『UTTER MADNESS』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.33) 1978年ロンドンで結成され、自らのサウンドをナッティ・サウンドと称し、1979年にSTIFFより「ワン・ステップ・ビヨンド」でデビュー。
スペシャルズとともにツートーン・ブームの中心的存在だったマッドネスの1986年の作品。 スカを基調にしたポップでのびのびしたダンス・ミュージックが楽しい。 【氷室京介】 「そこにいるだけで周りの空気を平和にしてくれる。バカバカしい存在感ってことで、スペシャルズじゃなくて彼らにしました。」 |
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| 氷室京介 DAMNED『DAMNED DAMNED DAMNED』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.32) | ||
| 2007.03.22.Thu / 00:39 | ||
| 氷室京介 DAMNED『DAMNED DAMNED DAMNED』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.32) 1977年2月18日STIFFより発売されたダムドの記念すべきデビューアルバム。ロンドンパンク初のアルバムでもある。プロデュースはニック・ロウ。
ロンドンパンクの3大バンドのひとつ。 ダムドの1977年発表のデビュー・アルバム。スピード感あふれる切れ味のいいビート・ナンバーが満載されている。 【氷室京介】 「オーラだけで勝負しているって感じが好き。勢いしかないもの・・・。いろいろな意味で、元気のあるアルバムではあるよな。」 |
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| 氷室京介 DEF SCHOOL『ENGLISH BOYS WORKING GIRLS』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.31) | ||
| 2007.03.21.Wed / 04:42 | ||
| 氷室京介 DEF SCHOOL『ENGLISH BOYS WORKING GIRLS』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.31) リバプールのアートスクール出身者が集まって結成された9人編成のバンドの1978年の3作目。
プロデューサーとして活躍中のクライヴ・ランガーが在籍していたリバプールのバンドの1978年の3作目。 【氷室京介】 「どのジャンルに属するバンドか、いまひとつわからないけど、とにかくセンスはイイ。『O.ブロウ』って曲を新宿ロフトで何度となく演ったナァ・・・」 |
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| 氷室京介 BOOMTOWN RATS『THE FINE ART OF SURFACING』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.30) | ||
| 2007.03.20.Tue / 00:07 | ||
| 氷室京介 BOOMTOWN RATS『THE FINE ART OF SURFACING』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.30) 1975年にダブリンで結成されたブームタウン・ラッツは、ニューウェイヴ・ムーヴメントの先駆者として音楽シーンに現れた。メンバーはボブ・ゲルドフ(vo)、ゲイリー・ロバーツ(vo&g)、ジョニー・フィンガーズ(key)、ピート・ブリケット(b)、サイモン・クロウ(dr)。 1984年暮れにリーダーのボブ・ゲルドフがアフリカ飢餓難民救済のためバンド・エイドを立ち上げ一躍時の人となり、1985年には世界史上最大のロックイヴェント、ライヴエイドを成功させるが、バンドは1986年に解散。
全英NO.1にランクされた「哀愁のマンディ」を含む彼らの出世作。 1979年発表のサードアルバム。 【氷室京介】 「ボブ・ゲルドフも、まだ運動家としてじゃなく、ミュージシャンとして良い意味で脂がノリきっているころのアルバムだし、彼らの作品のなかで一番気に入ってます」 |
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| 氷室京介 OINGO BOINGO『ONLY A LAD』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.29) | ||
| 2007.03.19.Mon / 00:03 | ||
| 氷室京介 OINGO BOINGO『ONLY A LAD』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.29) 1979年にシアター・パフォーマンス集団として「ミスティックナイツ・オブ・ジ・オインゴ・ボインゴ」を結成、オインゴ・ボインゴ名義で1981年にA&Mレコードよりアルバム「オンリー・ア・ラッド」でデビュー。 当初のオリジナル・メンバーはダニー・エルフマン(VO,G)/スティーヴ・バーテック(G)/リチャード・ギブス(KEY,TOROMBONE)/ケリー・ハッチ(B)/ジョニー・”ヴァトス”・ヘルナンデス(D)/サム・”スラッゴ”・フィリップス(SAX)/レオン・シュナイダーマン(SAX)/デール・ターナー(TRAMPET)の総勢8名。 後のMCAへの移籍時にキーボードとベースが別メンバーに変わり、アルバム6thでキーボード奏者のみが交替。 最終移籍のジャイアント・レコードでは、またしてもキーボード奏者が入れ替わり、何とホーンセクションまでが脱退。
ロサンゼルス出身のロック・バンド、オインゴ・ボインゴのデビューアルバム。メジャーな存在ではなかったが、ちょっとヒネったポップ感覚がマニアの間では評判だった。 【氷室京介】 「すべてにおいて文句なし!いろいろな意味で、あのころ影響を受けたスグレモノ・バンドのひとつ」 |
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| 暴威 氷室狂介 → 高橋まこと |
| 2007.03.18.Sun / 00:35 |
| 暴威 氷室狂介 → 高橋まこと 新宿ロフトでの初のワンマンLIVEからひと月ほどたって、高橋まことのアパートに氷室狂介から連絡があった。 「この前ロフトで会ったBOOWYってバンドなんですけど、覚えてますか?」 BOOWYは江戸川橋の音羽スタジオでリハーサルをしている最中だった。 「今リハーサルやってるんですけど、よかったらのぞきにきませんか」 高橋まことはそのリハに行って「IMAGE DOWN」を叩いた。 が... そうか... ▽Go Open more |
| BOOWY(暴威) 結成 / COM(0) OPEN▼ / TB (0) / PAGE TOP△ |
| 氷室京介 SQUEEZE『ARGY BARGY』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.28) | ||
| 2007.03.18.Sun / 00:11 | ||
| 氷室京介 SQUEEZE『ARGY BARGY』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.28) グレン・ティルブルック、そしてクリス・ディフォードのソングライター・チームを軸に結成、77年にデビューを果たしたロンドン出身の5人組。 新たにジョン・ベントリー(b)を迎えて制作された1980年発表のサード・アルバム。 5枚のアルバムを発表後、1982年に一度解散。しかしメインの二人はそのまま、ディフォード&ティルブルック名義のデュオ・チームとして音楽活動を続行。しかし数年後には解散前とほぼ変わりの無いメンバーでやっぱり再結成。
1978年にアルバム・デビューを飾ったイギリスのバンド、スクィーズの1980年発表のサード・アルバム。モダンでクールなポップ・センスが持ち味。一部の熱狂的ファンのいるバンド。 【氷室京介】 「ビート、メロディ、ボーカル・スタイル、俺の個人的POP概念をすべて満たしているB級POP ROCKの最高傑作」 |
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| BOOWY 未発表曲「DO THE AFROCKABILLY」 |
| 2007.03.17.Sat / 21:04 |
| BOOWY 未発表曲「DO THE AFROCKABILLY」 AFROCKABILLYという題名の通り、アフロビートな曲であり、布袋寅泰が初めてボーカルをとった曲。「DANCE CRAZE」より以前。 高橋まことのドラムがすごい。 歌詞はほとんど「DO THE AFROCKABILLY」とディレイがかかった声で布袋が叫んでいる。 ん... ▽Go Open more |
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| 氷室京介 XTC『BLACK SEA』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.27) | ||||
| 2007.03.17.Sat / 00:02 | ||||
| 氷室京介 XTC『BLACK SEA』 (ぴあ MUSIC COMPLEX SCENE2 NO.27) 1977年デビュー。アンディ・パートリッジを中心に英国スウィンドルで結成。シニカルな視点とヒネたポップ感覚でパンク全盛期のなか、際立つ存在感をしめす。 ライブバンドだった初期XTCが生んだ最高傑作。1980年リリースのアルバム。ゲート・エコー処理されて音の余韻が切り落とされたドラムが印象的。
ポップな才人、アンディー・パートリッジを中心とするXTC1980年のアルバム。 【氷室京介】 「アンディー・パートリッジの書くメロディも、彼の弾くギターも、ほど良くキッチュなエスプリも大・大・大好きなんで、とにかくXTCに関してはすべてのアルバムを気に入ってるけど、なかでもこのアルバムはBEST!」 |
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